2008年03月27日

アホバカ禁止!

ずいぶん昔の話で恐縮。
また一般の方にとってはあまり大きなニュースではないのかも知れない。
けれど俺のような生きもの関係の仕事をしているものにとっては大事件と言ってもいい。
それが、
「バカジャコ改名議論」である。事のあらましはこうだ。

「バカジャコ」はダメ、差別語含む魚30種を改名へ (07年1月6日付・読売新聞)

「日本魚類学会(松浦啓一会長)は、「バカジャコ」「イザリウオ」など差別的な言葉を含んだ
魚の標準和名を改名する。
見聞きした人を精神的に傷つけたり、不快感を与えたりすることがある上、博物館や水族館
などが別名への言い換えをバラバラに行う例も多く、混乱を解消すべきだと判断した。
動植物や昆虫などにも差別語を含んだ標準和名が多いだけに、他学会にも影響を与えそうだ。

改名するのは、日本魚類学会標準和名検討委員会が差別的と判断した、「メクラ」「オシ」
「ミツクチ」など九つの語を含む魚で、日本産の魚類約3900種のうち30種が対象。」

というものである。
魚類学会がやれば次は昆虫、その次は鳥、といったようにナダレ式で改名が行われていくに
違いない。特に昆虫なんて「メクラチビゴミムシ」なんて、これでもかってくらいの差別用語
オンパレードの生きものもいるくらいだ。

確かに俺もテレビ、ラジオなどで「こりゃ言いづらいなぁ」って生きものに出会うことはある。
以前CBCでやってたアウトドア番組で、洞くつ探検した時に地底湖見つけたんだけど、
「あっ!メクラエビがいる!」とは言えなかったもんなぁ。
だからと言って「あっ!目の不自由なエビだ!」ってのも変だし・・・。

そういった類の言葉がメディアから流れてきて、傷ついたり、気分を害されたりする方がいる
以上、今回の改名っていうのは仕方ないし、むしろ良いことだとは思う。

ただ問題は、その配慮の範囲である。
すでに現時点で「バカガイ」「アホウドリ」なんかもリストアップされているのだ。

ちょっと待て。「メクラチビゴミムシ」と「バカガイ」は同列に差別的な名前として並べていいのか?
「イザリウオ」と「アホウドリ」のネガティブな響きは同じものなのか?

これはつまり、子供たちに「人に対して、バカとかアホとか言わないようにしましょう。」
って教育してることにならんだろうか?
「バカとかアホ」を言わないようにすることは、言いたい気持ちを心にためこむことである。

「バカとかアホ」と思う気持ちでなく、言葉だけを規制することはやがて大爆発する恐れを
秘めている。

最近、講演会で小学校をまわっていてよく感じることがある。
それは、かなりの学校で「子供」という漢字を使わないようにしているところがあるのだ。
「子供」ではなく「子ども」とひらがな表記する。

これは「子供」の「供」という字が「従属、従者」という意味合いを持つため、それを避けている
わけだ。
子供なんて親に従って当たり前なんだけど、逆に言うとちゃんと従わせてない親や先生が
いっぱいいる、ということだ。
「子どもの権利」とか言いながら・・・自由とワガママを履き違えながら・・・。

こういう学校でイジメが起こると全校集会でまず真っ先に校長が謝ったりするのだ。
「イジメに気づかなくてごめんなさい」などと。
本当に真っ先にすべきはイジメた奴らを怒鳴りつけることじゃないのか?

また学校によっては男でも女でも「さんづけで呼んでください」ってとこもある。
何これ?男女平等?ジェンダー教育?
気持ち悪いぞ~、小2ぐらいの坊主に「はい、じゃ高橋さん。」なんて言うの。
ちなみに俺は何と言われようと男子は「くん」、もしくは呼び捨て。女子は「ちゃん」。
絶対に変えない。

「子供」という漢字を使わないこと・・・小2の坊主に「さん」づけすること・・・
これがいったい子供のために何を生むというのだ。

言葉というものは心という装置が発するものである。
「八百屋」という言葉は差別用語でもなんでもない。「八百屋のくせに!」と思った時点でそれは
悪意に変わり、発された言葉が人を傷つける武器になる。

つまり、「バカとかアホと言わないようにすること」は、
「イジメをなくしましょう」と言っていることと同じだ。

残念ながらイジメはなくならない。大切なのはイジメの質と、「これ以上やっちゃかわいそーだよな」
っていう、当たり前の人間的な心の制御である。
人と人との共同体の中に、「バカ」だの「アホ」だの「コノヤロー」だの「ファッキュー」だのの言葉は
当然存在し続けるし、これからもなくならない。

今の世の中は実に優しさにあふれている。体罰のない学校、放任主義を主張する親、
年金を滞納しても暮らしてゆける社会、ていねいな言葉使いの看板、交通違反者を優しくさとす警官、
除菌抗菌グッズ、地球にやさしい○○、フリーターなどという耳障りのよい言葉・・・・・。

どれもこれもがホンワカあったかそうだ。
けれどその薄っぺらいコーティングは果たして本物の優しさなのか。
怒鳴られたことも、なじられたことも、どつかれたことも、汚れたこともない子供たちは果たしてどんな
大人になるのだろうか?

「アホバカ禁止!」・・・・。
言葉を優しさでコーティングしてはいけない。本質が見えなくなる。

そう言えばちょっと前、台湾で日本人観光客が買春すると、罰としてパスポートに、「淫虫」って
スタンプ押されたらしい。ナイスアイディアである。淫虫だぞ淫虫。絶対押されたくないもんな。
話それたけど・・・。

さて今回の「バカジャコ改名議論」は今後どんな動きをみせるのか。ただどんな結果になろうと、
明日もあさっても、アホウドリは相変わらず、「アホウ、アホウ。」と鳴いているにちがいない。

シラタマホシクサ。
                        漢字で書くと「白玉星草」。なんと美しきネーミング!  

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2008年03月16日

まいったぜ道路特定財源問題!

まいった。ブログ2発目にして早くもヘコみモード突入である。

俺が2002年に作った愛知の庄内川という川のテーマソング、
「庄内流歌」。(しょうない・るかと読む。)

この歌が先日3月13日・TBSテレビ「ピンポン」の番組内で取り上げられ、
いわゆる国土交通省の「道路特定財源」による「ムダ使い」のひとつとして
批判されちゃった。

祝!全国ネット出演!喜べねーっつうの。

確かにこの歌は当時、国交省からの依頼で作ったものには違いない。

包み隠さず書くけど、制作は2002年、予算は60万円。
ただしジャケ写や500枚分のプレス費も含まれてるんで、実際の純益は
半分以下になっている。

金額的な事だけだと500枚で30万以下なので、作詞作曲・レコーディング費
など考えればアーティストとしては極めて妥当な金額であろうと思う。
て言うか少ないくらい。

ただ多かろうが少なかろうが血税を費やしたことには変わりないし、
現在、ここまで道路特定財源の使い道について言及されている中では
あのような報道をされたとしても仕方ないとは思う。

それにTBS「ピンポン」の制作スタッフの方には丁寧に話も聞いてもらったし、
番組内でも、「もちろんアーティストの方には何ら非はありませんが・・・」
というコメントも入れられていた事と、俺自身がスタッフの方に語った言葉も
きちんと紹介してくれた事は感謝したい。

しかし、番組構成上やむをえないとは言え、「空港拡張」や「防波堤を賛美」
する歌とまったく同列に並べられ、論じられ、批判された事は悲しかった。

ずーっとそういうものと戦ってきたのに。

この歌はまさにそういった「破壊」や「乱開発」に対するアンチテーゼなのに。
・・・・・それが本当に悲しかった。ヘコんだ。

果たしてこの歌の制作は本当に「ムダ使い」だったのだろうか?
俺は全然そうは思わない。だからTBSにもCD渡したんだ。

最初に提案してくれた「庄内川をきれいにする会」からの、
「川を愛する歌を作ってくれ!」というあの言葉。

行政や企業、開発や汚染と、長年に渡り戦ってきた人たちからの
「川を愛する歌を作ってくれ!」という言葉。

それは何の打算も思惑もない、本当に純粋な気持ちだった。
純粋な気持ちから生まれたこの歌だからこそ、
俺の中には何のやましさも、後ろめたさも無いのだ。

だから俺は何と言われようとこの歌を歌い続ける。
講演で。環境イベントで。ラジオで。これからもずっと。

そしていつの日か、本当に庄内川がきれいになる日がくれば・・・
その時初めてこの歌の「思い」が報われることだろう。



鉄崎幹人公式HP http://www5.ocn.ne.jp/~tetsu/  

Posted by mikihito at 02:00Comments(7)TrackBack(0)

2008年03月07日

ふざけんなシーシェパード!

当サイト一発目の遠吠えはこれからいってみたいと思う。

「ふざけんなシーシェパード!!」

シーシェパードとはご存知、超暴力的環境保護団体。
クジラ大好き、クジラ様のためなら人間傷つけても
屁とも思ってないバカヤロどものことである。

ちなみに千昌夫の嫁さんのシェパードさんとはなんら関係がない。
(あれ?別れたんだっけ?まぁいいや。)

そもそも日本人は太古の昔からクジラを捕って暮らしてきた。
そして、捨てる部分が無いほど丁寧に大切に食べてきた。

俺が小学生だった頃には給食にさえ「クジラベーコン」
というものがしょっちゅう出て、これがまたうまかった。

確かに今、絶滅の危機に瀕しているものをわざわざ獲って
食う必要は無い。
しかし、現在の欧米的な反捕鯨の動きは明らかに感情論と
やらしい政治倫理でしか成り立っていないのだ。

まず、政治的な面からいえば、食料自給率が39%しかない
日本のさらなる海洋資源の封鎖。つまり牛に代わるタンパク質の
供給を止め、これからも食料依存国家として従属させてやろう、
というアメリカ様のすばらしき食料戦略。

その言い訳のひとつとして「絶滅に近い動物の保護」があるわけだが
とんでもない。クジラなんてめちゃくちゃいる。

ちなみにミンククジラは現在、世界に75万頭以上生息し、
サンマやイワシを全人類の6倍近く消費しているらしい。それが
海洋生態系を壊し、気がついたらイワシが高級魚になっちゃった。

地球上の生物を、ひとつの種のみ守ろうとすると必ずこういう結果を
招くのだ。乱獲ではなく、人間が生物の一種として、当たり前に食う
ことによって、生態系というものは奇跡の輪を結ぶ。

この種は増やそう、この種は減らそう・・・・・人間は神ではないのだ。

そしてもうひとつの問題。
それが欧米の根底にあるキリスト教的人間中心主義思想である。
牛や豚は食いモン。でもクジラ様は人間様のおともだち!
なぜならクジラ様は頭がいいし、かわいいから。

じゃぁ、バカでブサイクだったら殺していいのか、って事になるんだぞ!

捕鯨に関する一番の問題はこのどうしようもない欧米の感情的保護政策
にある。
この超差別おセンチ思想に対し、日本は実に冷静に「理性」と「データ」で
対抗しているよ。心から応援したいと思う。

ちなみに俺は愛知の海に住む野生のイルカ「スナメリ」を守る活動を
しているが、実はいつか食ってみたいと思っている。なぜなら
「おいしいかもしれないから」。
多分殺す時には相当の決心が必要だし、さばく時にはかわいそうで
涙が出る事だろう。

でも、牛も豚も鶏も鮭も全部同じ事なんだ。
カワイソウなことなんだよ食うことって。
だから手を合わせて感謝するのだ。捧げてくれた生命に対して。

先日、俺の友人の海洋生物研究家の林正道氏が、イルカ漁師に
こんな話を聞いたと言っていた。

「なぜイルカやクジラを捕るのか?」
「うまいからだ。」
「他にうまいものはいっぱいあるじゃないか?」
「他の魚は、たくさんの命を捕らないと一人の人間を満たせない。
けど、クジラはひとつの命でたくさんの人間を満たす事ができる。」

これは、真理である。これ以上説得力のある言葉は無いだろう。
聞いてるかシーシェパード。聞いてねーか。

俺はなるべく生き物は殺さない。
馬鹿馬鹿しいかもしれないけど蛾とかハエとか、
またちっちゃなちっちゃな虫でも、部屋にいると外へ放してやる。
近所の田んぼ道では車でカエルを踏まないよう、ゆっくりゆっくり走る。

俺は虫やカエルを殺さないのだ。
けれども俺はクジラを殺す事に反対はしないのだ。

では最後に、今日の遠吠え。

「日本じゃなぁ、クジラって漢字は魚ヘンなんだよっ!」

鉄崎幹人公式HP http://www5.ocn.ne.jp/~tetsu/


まぁおいしそうなクジラ!  

Posted by mikihito at 23:43Comments(3)TrackBack(0)