2009年02月18日
冒険家の休息
冒険家、長江裕明さんが亡くなった。
手作りヨット「エリカ号」で家族とともに世界一周をした人だった。
キャンピングトレーラーでアメリカ・アフリカ・ヨーロッパを走破した人だった。
僕はCBCテレビ「野遊大全」と「月下暇人」で2年半、いっしょだった。

毎週、汗を流した。毎週、服が汚れた。時に涙も流した。時に死にかけた。
山のてっぺんも、海の底も、川の激流の渦の中も、いつもいっしょだった。
ママチャリで100数キロ走り切ってゴールした時には、長江さんの胸で
容赦なく泣いた。
まちがいなく当時の自分の全てをかけ、出し尽くした番組だった。
そして僕らは、本当の「仲間」だった。

長江さんは外務省に勤めていたので英語がペラペラだった。
けれども朝ごはんは必ず米じゃないとダメだった。
過酷なロケの時はいつも、「僕はどんなことでもやるけど、ただしご飯だけ
は腹一杯食わないとだめなんだよね!」が口グセだった。
わがままなオヤジだった。大人気ないくらい負けず嫌いだった。
けれど誰よりも頼りになるキャプテンだった。
番組が終わってからも長江さんの海辺の家にはよく遊びに行った。
自分の中では「父」の様にも感じていた。

しかしそんな彼を、病魔が襲った。
1人姿を消し、滅びの美学を追求しているかに思えた彼の行方を、
僕らは必死で探し、説得し、なんとか手術を受けてもらった。
2002年、奇跡的な復活をとげた長江さんに再開した時、久しぶりに
涙があふれた。止まらなかった。
もしかしたらもう一度、あんな番組をいっしょにやれるかもしれない・・・
そう思った。
けれどその奇跡は、長くは続かなかった。
2009年2月6日、長江さんは天国へと旅立った。
長江さん、
ステキな人生でしたね。安らかに、眠ってください。
でも長江さんのことだから、きっと天国でも冒険するんだろうな。
手作りヨット「エリカ号」で家族とともに世界一周をした人だった。
キャンピングトレーラーでアメリカ・アフリカ・ヨーロッパを走破した人だった。
僕はCBCテレビ「野遊大全」と「月下暇人」で2年半、いっしょだった。

毎週、汗を流した。毎週、服が汚れた。時に涙も流した。時に死にかけた。
山のてっぺんも、海の底も、川の激流の渦の中も、いつもいっしょだった。
ママチャリで100数キロ走り切ってゴールした時には、長江さんの胸で
容赦なく泣いた。
まちがいなく当時の自分の全てをかけ、出し尽くした番組だった。
そして僕らは、本当の「仲間」だった。

長江さんは外務省に勤めていたので英語がペラペラだった。
けれども朝ごはんは必ず米じゃないとダメだった。
過酷なロケの時はいつも、「僕はどんなことでもやるけど、ただしご飯だけ
は腹一杯食わないとだめなんだよね!」が口グセだった。
わがままなオヤジだった。大人気ないくらい負けず嫌いだった。
けれど誰よりも頼りになるキャプテンだった。
番組が終わってからも長江さんの海辺の家にはよく遊びに行った。
自分の中では「父」の様にも感じていた。

しかしそんな彼を、病魔が襲った。
1人姿を消し、滅びの美学を追求しているかに思えた彼の行方を、
僕らは必死で探し、説得し、なんとか手術を受けてもらった。
2002年、奇跡的な復活をとげた長江さんに再開した時、久しぶりに
涙があふれた。止まらなかった。
もしかしたらもう一度、あんな番組をいっしょにやれるかもしれない・・・
そう思った。
けれどその奇跡は、長くは続かなかった。
2009年2月6日、長江さんは天国へと旅立った。
長江さん、
ステキな人生でしたね。安らかに、眠ってください。
でも長江さんのことだから、きっと天国でも冒険するんだろうな。


